文理を超えたSTEAM教育で子供の「未来」を育てる

parent and child learning together 05.育児・教育

本日は、落合陽一さんの著書『0才から100才まで学び続けなくてはならない時代を生きる 学ぶ人と育てる人のための教科書』を題材に、文系と理系という日本的な枠組み(=制約)を超えたSTEAM教育による子育てについて書き記しておきたいと思います。

教科教育の弊害

私たちが子供の頃、学校で受けた授業は「国語」「算数(数学)」「理科」「社会」というふうに、教科によって分かれていました。

これは決められた知識を効率的に獲得するためには効果的な方法ですが、一方で学際的に物事を思考する力を身につけるためには向いていません。

この点について、落合さんの言葉を借りましょう。

そもそもの問題は、日本における教科中心の教育にあるかもしれません。

「教科」は近代的な考え方です。

決められた基準に合わせるために先生は一方的に教え、生徒は覚えたり、訓練したり、あるテストを攻略することを要求されます。

そこにはジャンルを超えた自由な学びの発想が抜け落ちているのです。

出典:0才から100才まで学び続けなくてはならない時代を生きる 学ぶ人と育てる人のための教科書

日本には文系理系という学問分野の区分けがありますが、これは世界的に見て稀な分け方で、他の国にはこのような区分けはありません。

明治維新以降の富国強兵から昭和における大量生産・大量消費の右肩上がりの頃までは、この画一的な知識を身につけるための教科という考え方、そして特定分野に特化して優秀な人材を素早く大量に育成する文系・理系という教育システムは、かなり時代のニーズにマッチした考え方だったのでしょう。

ところが現代は正解のない時代と呼ばれています。

教科書どおりの知識では回答が見つからない時代、それどころか、「問い」自体を自分で見つけなければならない時代です。

そんな時代に必要な力は、文系理系のようなキッチリ分けられた分野ごとのスキルではなく、様々な分野の知識・スキルを統合して得られる着想と応用力です。

そこで今注目されているのが、STEAMという考え方です。

文理を超えるSTEAM教育

数年前から日本でもSTEM教育、あるいはSTEAM教育という言葉を聞くようになりました。

ご存知の方も多いと思いますが、STEMとは「Science(科学)、Technology(技術)、Engineering(工学)、Mathematics(数学)」の頭文字を取ってできた言葉で、主に理系的な教育のことを指します。

アメリカではオバマ元大統領が就任中にその重要性を説き、広く浸透しました。

一方STEAM教育とは、このSTEMに「Art(アート)」を足した言葉で、この場合のArtは「芸術」的なアートというよりは、文系科目全般を指していると考えてよいでしょう。

つまりSTEMは理系科目のみの教育を指しますが、STEAMは文理全般の教育を指していますので、まったく異なる概念です。

理系を4つの頭文字で表しておいて、文系を表す頭文字が1つだけとは、なんとなく「後づけ感」がしなくもないですが、まあよしとしましょう(笑)。

落合さんはこのSTEAMにAがあることの意味をこう述べています。

そして日本も含めた世界的な教育の潮流として、近年、「STEM」に「Art」(美術)を加えた「STEAM」教育に力を入れようとしていますが、これは高く評価すべきでしょう。

ものづくりをするにしても、この世界の本質を探るにしても、プログラムを書くにしても、アートのもつ根源的な問いと手を動かすための理工教育の組み合わせは有用であり、これらの知識はすべて今の時代性に必要です。

なぜ、アートが必要なのか。

それはSTEM教育で育成された人材は、基本的にシステム思考に陥りがちだからです。

(中略)

そこから飛び抜けた発想による飛躍的なジャンプは生まれません。

そんな「STEM」の限界を突破するために、「何か新しいものを生み出したい」という非合理的な願望をアートから引き出そうとするやり方は、非常に納得がいきます。

予測不能なイノベーションを起こす上で、STEM教育に足りない要素が、人文的なそして審美的な”アートの要素”なのです。

出典:0才から100才まで学び続けなくてはならない時代を生きる 学ぶ人と育てる人のための教科書

落合さんはSTEMを土台とした教育にArtが加わることで、発想の飛躍が起こり、予測不能なイノベーションを起こすことができるとしています。

これは、まさに今の時代に必要な考え方と言えるでしょう。

STEAM教育に必要な4つの目

落合さんは日本のSTEAM教育において、4つの目を養うことが重要だと述べています。


日本のSTEAM教育において、不足している4つの要素
  • 言語(ロジック化など)
  • 物理(物(もの)の理(ことわり)という意味で)
  • 数学(統計的分析やプログラミング)
  • アート(審美眼・文脈・ものづくり)

普段、子供と接しているときに、これら4つの観点を意識しながら会話をすれば、自然と子供も4つの観点から考える力が身につきます。

言語

例えば、「言語」であれば、子供が何か習い事をしたいと言ったとき、または何か欲しいと言ったとき、子供と問答することで「なぜそう考えたのか」を深掘りし、意見が具体的でロジカルになるよう、訓練します。

意見を具体化する際のポイントについては、落合さんが4つ挙げているのでこれを参考にしましょう。

意見を具体化する際のポイント
  • 情報伝達の正確性が求められている時にいい加減な日本語を話すことを許さない。
  • 擬音語などのニュアンスで話しかけられたら言語を駆使したロジカルな質問を返す。
  • きれいな文字かどうかよりも意味不明な文章を書かないことを心がける。
  • 新聞の論説などアカデミック・ライティングで書かれた文章に数多く触れる。

物理

あるいは「物理」であれば、子供が「なぜ空は青いのか」、「夕日は赤いのか」などの素朴な疑問を聞いてきたときに、それを一緒になって考えたり、調べたりします。

物理に関しては、落合さんが個人の体験として、「油絵」を習ったことで、物事を物理的に見る観察の癖がついたとお話されています。

もう一つ、子供の頃に絵を習ってよかったことは、油絵を描くために物体を面で見る感覚が身についたことです。

物体を面で捉えるには、面と光の関係について理解しなければなりません。

そのため、光の当たり具合や陰影をよく観察するようになります。

面と光の関係を通して、「物を見る」ことの本質を知ることができたのです。

出典:0才から100才まで学び続けなくてはならない時代を生きる 学ぶ人と育てる人のための教科書

同じように世界を見ても、物理の目を持っていると、こんな風に見えるんですね。

数学

落合さんは、「数学」的思考力を身につけるためには、「解析的思考」と「統計的思考」を高めることが重要であると説きます。

解析的思考とは、ある問題に対して「それを満たす数式はあるか?」と考え、問題を解くための数式なり理論などのモデルを探す考え方です。

一方で統計的思考とは、ある事柄が何度も繰り返し発生する中でその傾向を読み解き、そこに意味を見いだすことです。

この両方の思考はどちらか一方で問題を解決するというより、むしろ組み合わせて使うものです。

つまり解析的思考で仮説を立てて、データを収集し、統計的思考で自分の立てた仮説を検証するというサイクルを回すことが重要になります。

これを常に実践し続ければ、数学的思考の習慣が身につくというわけです。

アート

アート」の力を養うには、自分の目で見たものを自分の言葉で表すことが重要です。

このように絵を見て感じたことを言語化していきます。

正解を見つけることが目的ではなく、見た時にどう思ったかをとにかく言葉にしていくのです。

今振り返ると、これがすごく重要な経験でした。

(中略)

繰り返しになりますが、アートの要素では、外部からの評価や正解・不正解に基づいた価値基準を超えることや、新しい審美眼をもたらすことに意味があります。

絵画を見たり音楽を聴いて、”正しいこと”を言おうとする癖がつく前に、自分なりのアートの鑑賞法を身につけ、自分のコンテクストを踏まえて自由に意見を述べる習慣をつけることが大事になります。

出典:0才から100才まで学び続けなくてはならない時代を生きる 学ぶ人と育てる人のための教科書

アートの目を養うことは、自分自身の価値観や審美眼を養うことに通じるため、他人とは違う個性、オリジナリティを発揮することが一層重要になってくるこれからの時代に重要になってくるでしょう。

STEAM教育はこれから人生100年時代を切り開く子供たちにとっては当たり前に重要な考え方です。

と同時に、それを見守る親にとっても身につけておくべき考え方だと言えるでしょう。

親も子供と一緒になって学ぶことが大事です。

^U^

ひとことポイント

・100年時代の子どもの未来のために、STEAM的観点を持ちながら親も子供と一緒になって学習しよう

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