キャリアはプランニングできない【キャリア論①】

Uncertainty of career 02.キャリア・副業

とあるキッカケで、若い方(大学生)に自分のキャリアについてお話をする機会ができましたので、これを機に自分のキャリアに関する考え方を整理してみたいと思います。

ポイントは全部で9つあります。

私のキャリアに関する考え方9つ
  • キャリアはプランニングできない(←本日のお話)
  • 自分を前進させるために価値観を磨け
  • 新しいことにチャレンジするならPDCAではなく、BML
  • 好きなこと「だけ」にこだわり過ぎるな
  • 強みをテコに人生の突破口を開け
  • 努力のムダ使いを回避するためにテクノロジーの動向を押さえろ
  • 経験に勝る知恵はないが、経験からどう教訓を抽出するかで、知恵の陳腐化速度は変わる
  • 自分の能力を証明することにこだわるな、ヘタレがバレてもいいから成長を目指せ
  • キャリア・仕事は大半の人にとっては大きなウェイトを占めるが、結局、人生の一部でしかない

ちなみに、この9つのポイントは現時点での整理であって、将来はまたアップデートしたり数が変わったりすると思います。

それが学習であり、人生ですね。

今回から1つずつ、順にお話していきたいと思います。

ということで、本日は「キャリアはプランニングできない」というお話です。

キャリアはプランニングできるものではない

キャリア・プランニングという幻想

1つめのポイントは、「キャリアはプランニングできない」ということです。

キャリア・プランニングの概念は、企業の人事系の研修でも取り入れられているので、多くの人が「キャリアはプランニングするもの」と思い込んでいるフシがあります。

私も昔はそうでした。

自分で5年後、10年後の自分を思い描いて、将来はこうなって、というようにあるべき姿とそこまでのルートをExcelで年次、月次の表にしたりしていました。

ところが何度作っても、そのとおりにならなかったのです。

私が飽きっぽいということもありますが(笑)、それだけが理由ではありません。

それは、環境が大きく変わるからです。

マクロ的には社会の情勢、もう少し小さなところでは会社の業績や経営方針、さらには部署や自分の業務の将来性、事業性、そして自分自身のライフイベントなど、様々なものが、キャリアをプランニングしたとおりには進ませません。

世の中はどんどん変わりますので、ある時点で想定したプランニングもどんどん古くなり、使い物にならなくなるのです。

また、雇われ人(サラリーマン)には自分で選択できないことが多々あります。

異動や転勤、仕事の割り振り、上司との関係など、運の要素が強く、自分の思ったとおりに進むことの方が少ないと言えるでしょう。

昭和の時代、行動経済成長期、俗に言う「右肩上がりの時代」であれば、5年後、10年後まで計画どおりにことが運んだかもしれません。

ただ、今の時代は一寸先は闇の時代です。

そう、キャリア・プランニングはファンタジー(幻想)なのです。

1年後、もう少しがんばって3年後までのキャリアであれば、プランニングして意味があるかもしれません。

ただ、それ以上のキャリアをプランニングしても、あまり意味がありません。

比較的安定的な大企業の事務な職種ですら、決められたルートでキャリア上のステップを順々に上がっていくという定石も、難しくなってきていると感じています。

なぜなら、安定的・固定的で代わり映えのしない仕事こそ、AIやRPAといったテクノロジーに駆逐されやすいからです。

ある日突然、自分の仕事がAIに奪われていたということも十分にあり得ます。

資格の取得はプランニングしやすいが、将来性は未知数

私は以前、一社目の会社でITエンジニアをしていた頃、法律に興味を持ったことがあります。

行政書士、弁理士、弁護士の勉強をしたこともあります。

弁理士に関してはウン十万もする某資格学校のDVD教材を買って勉強していましたし、行政書士は実際に試験も受けています。

もちろん不合格です(笑)。

この頃の私は、「専門的」なスキルで「安定」した仕事に就きたいと思っていたと思います。

そこで選んだのが法曹資格だったのです。

一次は本気で弁護士になりたいと思っていました。

その頃、法科大学院制度ができたことで、弁護士に対する需要が増えているという期待と、「一発合格の司法試験」から「大学院での勉強を経る新司法試験」になることで、ギャンブル性が薄れた制度になると考えたからです。

まあ結局私はこの道はお金もかかるしあまりにも無謀な道だと諦めたわけですが、この道を突き進んでいたらどうなっていたでしょうか。

ご存知のとおり、現在、弁護士業界は、誤った需給予測による司法制度改革のため、登録弁護士の数は増加の一途をたどっている中、仕事の数自体はそれほど増えず、熾烈な競争を強いられるレッドオーシャンになっています。

能力のある弁護士、既存の顧客を囲った弁護士事務所は業績をどんどん拡大していく一方で、食えない弁護士はそこいらのサラリーマンにも劣る安月給に甘んじるような状況です。

さらにこの先は、人と人の競争ではなく、人とAIの競争になります。

正確に言えば、人と人+AI、つまりAIを活用できない人とAIを活用できる人の戦いになっていくでしょう。

パラリーガル(法律の事務職)的な業務もどんどんAIが代替していく時代です。

先ほど述べたように、安定的な仕事ほど、AIに代替されやすいので、資格仕事というのは、実は極めて将来性が不安定な職種と言えると思います。

VUCA時代のキャリア構築に必要な2つの武器

VUCAと呼ばれる先の見えない時代に、キャリアもプランニングできないのであれば、我々は漂流するしかないのでしょうか。

そんなことはありません。

激動の時代には激動の時代の、キャリア理論があります。

ここでご紹介したい理論・概念は2つあり、1つはプランド・ハプンスタンス・セオリーで、もう一つはマイ・ミッションです。

チャンスをものにするための「プランド・ハプンスタンス・セオリー」

一つ目の理論・概念である「プランド・ハプンスタンス・セオリー」は、スタンフォード大学のジョン・D・クランボルツ教授らが提案したキャリア論に関する考え方です。

過去の記事に詳しい解説をしていますが、この理論を簡単に言ってしまうと、「個人のキャリアの8割は予想しない偶発的なことによって決定されるから、その偶然を計画的に設計し、自分のキャリアを良いものにしていこう」という考え方です(Wikipediaより)。

キャリアは偶然の積み重ねによって形成されていく生き物のようなものです。

ただ、すべてをコントロールできないかというと、そうではありません。

チャンスが来るまでどう備えるか、チャンスが来たときに、どう動くかを、我々は選択できます。

偶然に翻弄されながらも、その偶然をチャンスとして、テコのようにキャリアを大きく動かす、そういう気構えが必要となってくるのです。

私もこれまでの職業人生、常に全力を出し切って走ってきたとは言えません。

ときには不貞腐れたり、ダラダラとした時期もあったと思います。

ただ、チャンスがめぐってきたときは、いつも120%のパワーで物事にあたってきました。

その結果、振り返ってみると、なかなか良いキャリアパスを歩んできたと思えるのです。

運がいいと言われる人は、おそらく、こうしたチャンスをものにする力を持っている人でしょう。

人事を尽くして天命を待つ。

私の座右の銘とも言える言葉ですが、このことわざにある精神こそ、真のキャリア観を持つために必要なものなのです。

地図(キャリアプラン)ではなく羅針盤(マイ・ミッション)を持って航海に出よ

二つ目の理論はマイ・ミッションです。

これまた過去の記事で紹介しているので、詳細はそちらに譲りますが、簡単に言ってしまえば、自分の価値観に沿った、自分のやりたいこと、やるべきことを思い描きながら仕事をしようということです。

マイ・ミッションはキャリアプランとは異なるものです。

言ってみればキャリアプランとは「地図」のようなものです。

ある目的地に行こうとして地図を持ちましたが、キャリアプランは数年単位の行程なので、回りの建物や道もどんどん変わっていき、やがて古い地図は役に立たなくなります。

対してマイ・ミッションは「羅針盤」のようなものです。

自分が目指したい「方向」だけを示してくれるので、途中の道はどこを通っても、それは自由です。

時には回り道と思えるような道でも、実は最短ルートだったということもあります。

羅針盤で大まかな目指す方向さえ分かっていれば、あとはそこに向かって進むだけです。

失敗を恐れず、どんどん色々なルートを試せば、やがて目指すべき方向への道が見つかるでしょう。

雌伏のプロ「劉備玄徳」と臥龍「諸葛孔明」にならう

思うに歴史上の英傑や、物語のヒーローは、だいたい、「プランド・ハプンスタンス・セオリー」と「マイ・ミッション」で前に進んでいます。

思い通りにならず、運命に翻弄されながらも最後は目的を達成するところに、人は心を動かされるからでしょう。

「三国志(演義)」に登場する稀代の英傑、劉備玄徳や、彼を支える天才軍師、諸葛孔明は、その好例ではないかと思います。

劉備玄徳も諸葛孔明も雌伏のときがあります。

劉備玄徳なんて、色々な他勢力の君主に身を寄せながら生きながらえていますので、それはもう長いこと雌伏のときです(笑)。

それでも最後は当時の中国の3分の1程度の土地に蜀という国を興して皇帝にまでなっています。

諸葛孔明も劉備に「三顧の礼」をもって召し出されるまでは、晴耕雨読の生活をしています。

まるで龍が眠っているときは沼の底にじっと身を伏しているように。

やがて孔明も劉備の補佐をして、その知略を持って数々の戦いを勝利に導き、ついには蜀の丞相となります。

彼らは「世に再び平和を取り戻す」というマイ・ミッションを持ち、そしてプランド・ハプンスタンス・セオリーならぬ「天の時」を経て大成していったのです。

私たちも偉人にならい、プランド・ハプンスタンス・セオリーとマイ・ミッションで大乱世を歩んで以降ではありませんか。

^U^

ひとことポイント

・キャリアはプランニングするものではなく、大まかな方向を決めてチャンスをものにしながら作るものである

コメント

タイトルとURLをコピーしました